大きな社会変化の中で、人の中にも変化を感じることがありました。それは再び芽を出した「穏やかさ」のようなものでした。
これまで忙しく働くことを当たり前として走っていた多くの人々が、急に走りを止められて戸惑い、困惑しながらも、自動的に目の前のことに焦点が当たるようになって、これまでとは違う視点で人と関りあう姿を目にしました。
これまでの共同作業していた人が、人との接触を減らすために、単独作業になりました。
経営面では損失ですが、もともと一人で納得いく仕事をしたかった人にとっては、結果的にやりたい形になっていったと話していました。
「もともと自分は集団が苦手なんでしょうね」と、少し離れたところで自分を見ているかのように、でも、苦手なことから離れて、自分らしく在ることを楽しんでいるかのようでした。
忙しく働くママの中には「優しくなった」と話す人がいました。
これほどべったりと子どもと生活し、子の勉強に付き合う大変さを痛感し、「親としての自分」を意識する機会になったそうです。
徐々に仕事が始まり、ブランクを取り返すかのような勢いをまとっていますが、子どもに向ける眼差しはこれまで以上の豊かさを持っていました。
世界中で共通した出来事を受けて、同じ精神的負荷を共有できる程、事態は大きく深刻だったのだろうと思います。
そのような中で多くの人々の中に芽を出した「穏やかさ」は、今回のことで生まれた新しい感覚というよりも、もともと心の中に植えられていた種が発芽したような、そんな優しい感じがしています。
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